彼女を親に会わせるため実家に招待したら、近所に住んでいるAに目をつけられました。
Aはガキの頃からとにかく性格が悪くて、1コ下の俺はさんざんいじめられていました。でも中学に入る頃には向こうもかまってこなくなり、Aが別の高校に進んでからはもう完全に接点はなくなったはずでした。
久々に見るAは不潔な大デブになっていました。そのAを連れた母親が「あの女の子をこっちに寄越せ」と怒鳴りこんできたのです。
いくら言ってもわからない様子だったので、俺は彼女を裏口から脱出させて母の車で駅まで向かわせました。
玄関口では、押しの弱い口下手なうちの親父が、Aの母親に一方的にまくしたてられていました。しかたなく俺も中に入りましたが、まったく話が通じません。まるで宇宙人。
「うちの息子があの女の子を気に入った。こっちに寄越せ」
「寄越せって、彼女は物じゃない。勝手なこと言うな」
「物だなんて誰が言った。あんたは女を物扱いするのか。そんな男よりうちの息子の方が何十倍もイケてる」
「そんなこと言ってないだろ。とにかく彼女は渡さない」
「渡さないなんて、あんたが決めることじゃない。あの女の子を出せ」
「だから俺の彼女で、結婚も考えてる相手なんですって」
「女の子もうちの息子を見れば、息子とあんたのどっちがいいかわかるはず。とにかく出せ」
「いいかげんにしろ、警察呼ぶぞ」
「警察の名を脅しに使うのか。犯罪だ。脅迫だ」
こんな感じでとにかく話が噛み合いません。Aはギャンギャンわめく母親の隣でただじっと無言。あんまりにもらちがあからないので、Aの母親の腕をつかんで玄関からひっぱりだし、ドアを閉めました。その後もAの母親はギャンギャン喚いていましたが、やがて疲れたのか静かになりました。
いなくなったなと思った頃、彼女から「無事に駅についた」とメールが届きました。俺も駅に向かうことにしました。しかし、玄関から一歩出たところで、またAの母親が現れました。しかも、Aの母親は俺のバッグをひったくり、全速で駆け出したのです。
ババアの脚ですから、すぐに追いつけました。でも、バッグを取り戻そうとしても、Aの母親は死に物狂いで抵抗してなかなか奪えません。
「あの女の子に連絡しなければならないのよ!」
Aの母親はそんなようなことを叫んでいました。どうやらバッグの中の俺の携帯が目当てらしいです。冗談じゃありません。と、その時です。のそのそと歩いてやってきたAが、俺の横に立ったのです。
次の瞬間、Aはいきなり蹴りをくりだしてきました。俺じゃなく、自分の母親に…。俺の方なんか見もしないで、母親をボコボコ無表情で蹴りまくるA。Aの母親は悲鳴あげています。俺は怖くなり、バッグを取り返すと反対方向に走りだしました。
その後、人伝てに聞いたところによると、Aは母親を蹴りつづけ、通行人に通報されて捕まったそうです。母親をだいぶ恨んでたみたいで「家はいやだ、母親のいないところに行きたい」と叫んでいたと聞きました。
Aはほんとうは知能がちょっと低めだったみたい。でも母親が支援級に入れるのを断固拒否していたらしい。
高校でもAはいじめられていて、就職もできずじまいでひきこもりになったのだそうです。Aの母親は「早くお嫁さん見つけて、その子に一生息子の面倒みてもらわなきゃ」って嫁候補探しまくってたんだって。
だけど、A自身は「お嫁さんなら自分をバカにしない自分と同じ程度の女の子がいい。もう母親の押し付けはたくさん」と思っていたみたい。それで、あの瞬間母親への恨みが爆発したんだそうです。