それは雨の日の本屋でのことでした。駐輪場で大人しそうなお姉さんが自転車をじっと見つめています。その自転車には傘が突き立てられていました。傘立てはいっぱいだったので、たぶん誰かが自転車に掛けちゃったんだと思います。
お姉さんはしばらく迷った様子でしたが、傘を傘立てに移そうとしたのでしょう。自転車から傘を取りました。ところが、そこで男が絡んできたのです。
「ちょ、それ俺の傘なんだけど!」
お姉さんはあっけにとられた感じで、ぼぅっとしています。
「だーかーら!それ俺の傘!何、パクる気?」
男は調子に乗ってしゃべり続けます。
「あー、もしかして一緒に入れて欲しいの?」
「お姉さんちょー可愛いじゃーん!ちょっとだけご飯でも行かない?」
勝手に自転車を傘立てにした男にナンパされてだんだん俯いていくお姉さん。私は勇気を出して「あのっ」と二人に声をかけました。男ギロッと睨みます。震える私はお姉さんのほうを見ました。
その時です。お姉さんが地面に傘を叩き付けて叫んだのです。
「勝手に人のチャリ、傘立てにしてんじゃねぇよ!!!」
あまりの豹変っぷりに男も私もボー然。お姉さんの怒りは止まりません。
「わたしの自転車はお前の傘立てじゃねぇんだよ! おい、聞いてんのかブサイク!! こんな可愛くない傘なんかいるわけねえだろ!」
お姉さんは狂ったようにガンガンと縁石を蹴りながら叫び続けます。男はすっかりおびえて聞こえるかどうかわからないほど小さな声で「ご、ごめんなさい…」と呟いています。しかし、お姉さんの怒りはそんなことでは収まりません。
「ごめんで済んだらこの世に拷問はいらねぇんだよ!」
男はその場を逃げ出しました。と、その途端、お姉さんは元に戻りました。
その後、何事も無かったかのように自転車で去って行ったお姉さん。確かにあなたのレインコートもレインブーツも自転車もすべてが可愛かったです。